小学3年生からのフォニックス英語

小学校英語教育を変える指導試案書 第2章

第2章 フォニックス指導の記録

2-1: 導入までの道のり

 それが実現したのは、2020年6月からゲストティーチャーを始めて4年目の2023年10月だった。音声指導の改善を校長先生に提案し続けてきたが、ついにOKが出た。力強い味方を得て勇気づけられた思いがしたが、同時に重い責任を感じた。思い出せば、一年前の10月に同校の先生方に集まっていただき、フォニックスの勉強会をした。終了後のある先生のコメントが忘れられない。「子供のころにこのような勉強ができたら英語で苦労はしなかったのに!」味方を得た思いがした。何事においても新しいことを導入する時は賛否があるのは常である。先ず、担任の先生方の理解と協力は不可欠であるため、事前に次のような内容の手紙を出した。

先ずは、フォニックスの基礎指導のために貴重なお時間をいただいたことへの感謝。そして、限られた時間の中で、私が考えている指導内容と手順について、そしてその効果と成長の確認方法などについて。指導内容は、音声指導(音素)、読むこと(3文字単語:子音+母音+子音)、聞くこと(CDを聞いて最初の音、最後の音を聞き取る)など。小学校では音素に意識を向けるような学習は多く行われていないが、そのような活動を行うことは必要であること。何故なら、音素を聞き分けられる能力は、読む能力、聞き取る能力、伝える能力など、全ての能力の基盤と言えるので。指導方法は、日本人の児童に適合した音素認識システムですること。言い換えると、アルファベットの一文字毎に音素を学習するよりも、日本人の音素認識の基本である2文字(子音+母音、母音を除く)をベースにして指導するほうが分かり易くて効果的だと考えられること。これは、20年間の私の英語学校と10年間の私立小学校でのフォニックス指導の経験を通して得た結論であること等を伝えた。 

2-2: 2023年10月スタート

いよいよフォニックス指導がスタートすることになった。先ず、スタート時点での児童たちの学習レベルを把握する必要があった。4年生児童のレベルは、アルファベットの小文字を学習し始めるところであった。3年生の時に大文字を既習していたので、タイミングとしては理想的であった。4年生の授業の中で年明けの2月まで、回数にして17回、毎週の授業の中で約10分をいただきいよいよ実践に移す時が来た。フォニックス指導で一番難しいのは、児童が聞き取れなかったり、聞き間違った時である。単に答えを教えることは指導にはつながらない。なぜなら、なぜ聞き間違いなのか言葉では説明ができないからである。そこに「英語耳」を育てる難しさがある。少人数での指導経験は多少あったが、30数名のグループの経験は初めてだった。正直いって不安な気持ちを抱きながら、私が投げる球に児童たちがどのように反応するのか楽しみなスタートとなった。

 2-3: 1か月目(2023年10月)

  4年生児童の学習状況は、Let’s try!のUnit5、ちょうどアルファベットの小文字を学習するところであった。願ってもないタイミングであった。先ず大文字の復習から入り、次に小文字の名前読みの練習に入った。大文字と小文字の形が同じものもあれば、違うものもあることを確認しながら、a~zまで一つ一つ練習した。例えば、aは/e:/ではなく/ei/であること、「エー」と伸ばすのではなく小さい音の「ィ」が入るようにと。b, c, d, g等も同じ。その他、日本人にとって苦手な発音、c, f, l, m, n, r, t, v, wなど、口の形、舌の位置などを示しながら練習を繰り返した。fの発音の時に、細い紙切れを使って空気で揺れるのを確認した。この段階での重要な目標はアルファベットを正確に書けることである。書き順を渡して丁寧に書く練習をした。ある児童の文字は宙に浮いたり、下に潜っていた(潜るものもあるが)ので、線上に書くように指示した。書く練習の中で、間違った文字を見つけて正しく書けるか試してみた。やはり間違いに気づかない児童も若干いた。これから英語を身につけるうえで必須事項なので努力をするように念を押した。

 さて、いよいよアルファベットが持つ音(オン)の学習に入ることにした。フォニックスの学習に抵抗なく入っていける方法を考えてみた。学習者にとって一番難しいのは、各子音が一つで音(オン)を持っていることである。a, e, i, o, uの母音は基礎中の基礎なので、先ず口の形を示しながら練習した。次に子音については、例えばdを/d/ではなく母音aと組み合わせてdaとして二文字ベースでの発音/dæ/にすることにした。qとx以外はこのように二文字ベースで練習すると、ほとんどの児童は抵抗なくスタートができた。これはローマ字風の発音方式に慣れているのが効果的に働いたようである。子音が持つ音(オン)に関しては、リスニングの練習の中で、音を耳で確かめながら学習する方が、意味のない音(オン)を覚えるよりも確実に身につくと考える。

2-4: 2か月目(2023年11月)

  いよいよCDを使ってのリスニングに入った。CDから聞こえてくる音を聞いて、最初の子音の文字を聞き取るのである。例えば、bananaの/bə/を聞いてbを聞き取る練習である。出来る限り児童たちが知っている単語を選ぶのが良い。アルファベットの正確な発音を集中的に取り組んでいたため、回答率は驚くほどよかった。なぜなら、英語の発音はアルファベット読みとフォニックス読みがミックスしているからである。最初の子音の文字を聞き取る練習を次の週も続けた。ここまでは、児童たちの回答率は予想以上に高かった。一人でも聞き取れなかった場合は、時間が許す限り本人が聞き取れるまで繰り返し練習をすることが好ましい。次にCDを聞いて、最後の子音の文字を聞き取るという難しいレベルに挑戦させた。これも2週続けたが、予想通り回答率は60%ぐらいまで落ちた。特に苦戦したのは、どちらも破裂音であるbとp、 /p/ と /b/である。/d/と/t/も同様に苦戦した。2度3度繰り返し聞かせたが、聞き取れたという児童は若干増えただけであった。無理もない、単語の最後の音は消えそうなほど小さくなりがちである。ここで一つ注意しておきたいのは、時々「スペルを知っているから聞かなくても分かる」、と主張する児童への対応である。聞き取る練習をする時は、児童の意識を音に集中させるように指導することが肝心である。なぜなら、あくまでも音声からスペルを聞き取る訓練なので、スペルを知っている児童は聞こうとするエネルギーが削がれがちになり良い結果に結びつかない可能性がある。

  この時点で、担任のA先生から「フォニックス指導は本当に必要ですか?」という質問を受けた。無理もない質問だ、まだ具体的な成果には結びついていないので。A先生のご理解を求めて、次のような内容で返信した。

  「新学習指導要領では上学年を対象に音声指導(フォニックスと言う文言は使用されていません)が取り入れられています。私が知る限り、それはチャンツと音を聞いてのドリルが中心で、生徒たちはデジタル教材の音や、NSの発音を聞いて、オウム返しに声を出しているだけです。これでは折角新しく取り入れた音声指導の効果が出ていないように感じます。音を聞いてのドリル自体は意味があると思いますが、ドリルをする前に音と文字(つづり)の関係を明示的、系統的に指導するべきだと考えます。これをせずにドリルをすると、正確に発音ができて、聞き取れるのは一部の耳の良い生徒だけだと思われます。日本人教師が分かりやい平易な言葉で音の出し方を説明することで、生徒たちは発音の仕方を理解することができると考えています。特に、母国語の発音方法との対比を通じて説明することで、日本人教師はネイティブ教師よりも効果的に指導できる可能性が大いにあると考えます。ー中略ー そして、フォニックスの基礎を身につけると、聞いて話すだけではなく、読んで書く力を伸ばせる可能性が大きくなります。」と。

この質問をいただいた翌週に、私は具体的な成果を見せようと思い立った。いずれ児童に挑戦させる予定でいた訓練、3文字単語(CVC:子音+母音+子音)の読みに挑戦させた。例えば、bag, big, cat, cup, dog等。最後の子音の発声はまだ正確ではないが、ほとんどの児童が読む(発音する)ことができた。児童も担任教師も私も、「やった!」という表情になった。気のせいかもしれないが、担任教師の表情がそれ以降明るくなったような気がしている。

2-5: 3か月目(2023年12月)

今回のフォニックス指導の山場にさしかかった。母音を聞き取る訓練である。母音a, e, i, o, uが聞き取れるかどうかの訓練である。先ず、「a」からスタートした。方法は、単語をランダムに流してa/æ/の音が含まれているかどうか聞き取る訓練である。正解率50%を満点に設定し、児童たちにもそう伝えた。1回目の挑戦を終えると児童たちの表情は暗かった。児童たち本人がその難しさを体験した瞬間だ。「がっかりすることないよ、君たちはとても難しいことに挑戦しているのだよ」、と励ましてみたが悔しそうな表情は変わらなかった。さて、もう一度同じところを一つずつ聞いて確認していくと、なるほど納得と言う表情を見せる児童が増えた。しかし、納得した表情が見られないときは、私自身が少しオーバーに発音して聞かせた。特に混乱したのは、/æ/と/ʌ/の音の認識であった。子音で言えば lとr、bとvも同様に日本人にとっては聞き取るのは難しい。

今週は順番として、「e」 に進む予定だったが、その前に苦戦した「a」を復習した。そして、「a」程でもないが「e」も多少苦戦した。単語の最初に「e」の音が含まれた場合は、正解率は非常に高かった。クラスによって進度に差が出た。12月最後のレッスンでひとクラスが「i」まで進み、ふたクラスは「e」で終わった。So far so good! 

2-6: 4か月目(2024年1月)

さて、約3週間の冬休みが終わり、新年最初のクラスが始まった。3週間も英語に触れずにいると児童たちは恐らく母音が持つ音(オン)も忘れているだろうと不安な気持ちで復習から始めた。驚いたことに、どのクラスも「a, e, i, o, u」の音を正確ではないが、できる限り学習した通り思い出しながら声に出してくれたのは嬉しかった。そして、昨年末の最後のリスニングの復習から入った。復習の後、1クラスは「o」から、他の2クラスは「i」から取り組むことにした。その前に、私は児童たちにお願いをした。「今、君たちが挑戦していることはとても難しいことです。聞き取れなかったり、聞き間違がってもがっかりしないで欲しい。できれば50%の正解率を目指して欲しい。今の努力は、5,6年生になると必ず役に立ちます。そして約束をして欲しい。聞き取れなかったり、聞き間違った時に、よし先生に教えて欲しい、どのような音に聞こえたのかを教えて欲しい。」と。そして、一人でも聞き取れなかったり、聞き間違った場合は、時間が許す限り何度も聞き直して、本人が聞き取れるまで練習をした。そして、児童本人が聞き取れた時の笑顔と、周りの児童たちの暖かい拍手がとても印象に残った。

聞き取れる確率は、その母音の位置が単語の最初の場合(elephant, insect)は高くなり、最初に来ない時は(pin, pen, hat)低くなる傾向がみられた。そして、児童たちが一番苦戦したのは、予想通り/ ʌ/の音の聴き取りであった。例えば、sun, can, run, busなど、/ ʌ/ の音と/ æ/の音が聞き分けられない児童が多くみられた。時間が許す限り、何度も聞き直して練習をしたが、児童本人が納得できないケースもあった。

2-7: 5か月目(2024年2月、最終月)

いよいよ最後の月を迎えた。進度については、3クラスの中で多少の差はあったが、母音の聴き取りについては、予定通り全てを終了した。そして、2クラスは復習を少しする余裕もあった。
さて、いよいよ最後のクラスとなった。少しでも先に進むか、3文字の単語(C+V+C)の読みに挑戦するか、児童たちの希望を聞いてみた。すると、どのクラスも大半の児童たちが後者の3文字単語の読みに挑戦したいとのことであった。児童たちの表情から、読みに挑戦したいという強い気持ちが伝わってきた。やっと、フォニックス指導が目指すスタートラインに立った思いがした。担任教師から約20分の時間をいただいて児童たちに挑戦させた。bagから始めてzipまで約40枚のカードを使用して、読みと意味を尋ねてみた。90%以上の確率で児童たちは次々読んでいった。発音も5か月前と比較すると随分と上手になり、児童たちはスポンジが水を吸うが如く音を吸収していた。既習の単語で発音できれば意味はすぐに理解できるが、初めて習う単語もあるのでカードの裏面に絵を描いておいた。読めた時の児童たちの自信たっぷりな表情に頼もしさを感じた。5,6年生に進級しても自信をもって英語と取り組んでいけると期待している。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です