小学校英語教育に不可欠なフォニックス指導
はじめに
日本人はなぜ英語が苦手なのか。なぜ話すのが苦手なのか。なぜ英語教育は依然として大きく変わらないのか。このような問題意識を持っている指導者は私だけであろうか。いやそうではない、多くの言語研究者や学会から報告書や論文が発表され、問題意識はあるようだ。しかしながら、彼らが主張する多くの内容は研究結果や報告に終始し、なかなか教育現場に伝わらず実施には至らないようだ。なぜ日本の英語教育は遅々として前進しないのか、その原因を考察してみることにした。理屈からいえば、原因(cause)があるから結果(effect)が生まれるのである。今の場合、結果はかなり明白である。「日本人は英語が苦手なのである。」中学、高校、大学と8年間以上英語と格闘しても、社会に出て英語を自由に操れる力を持つ人は少ない。この命題は現状を見ているとこれからも長く続くように見える。
日本語もしっかりしていないのに英語を習ってもいいのか。この疑問は、1999年に英会話教室をオープンする時から私の頭の中にあった。そんな折、偶然に録画したNHKの「クローズアップ現代」がその答えを提供してくれた。番組のタイトルは、「どうすれば日本人は英語を話せるようになるのか」だった。脳神経外科医の植村研一氏が、アメリカ留学経験者のバイリンガルの学生と、英語は読み書き中心に勉強した東大出身の学生を使って実験する場面がある。その実験は、英語と日本語を別々に聞いたときに、ウェルニッケ言語野のどの部分が反応しているか、血流の流れを調べる。バイリンガルの学生の場合、英語を聞いたときに反応する場所と日本語を聞いたときに反応する箇所は離れていて、それぞれ違った箇所だった。一方、読み書きを中心に勉強した東大出の学生の場合は、英語を聞いたときと日本語を聞いたときに反応する箇所は殆ど重なり合い、同じ個所だった。バイリンガルの学生は、英語を聞いたとき、英語から直接(日本語を経由せずに)意味を理解していることが分かった。一方、東大出の学生は、英語をひとまず日本語に訳し、そのうえで英語の意味を理解しているのが分かった。言い換えると、日本語と英語を担当する部局はそれぞれ独立していることが示された。日本語の世界で生活する日本人にとって大変難しい作業ではあるが、私は脳に英語の言語中枢が独立できるように、児童たちを指導すればよいと考えるようになった。また、脳の伝達は聴覚中枢から出発し、話す中枢、読む中枢、書く中枢へと繋がっているので、言語中枢を作るにはまず聞くことから始めなければならないことになる。
更に、言語学における「臨界期」について触れてみたい。「臨界期」とは、人間の脳が学習に適した時期があり、その時期を過ぎると学習が困難になるという考え方である。認知発達全体では思春期が始まる12歳ごろまで、特に言語能力の発達については8~9歳ごろまでを指すと言われている。この考え方は「臨海節仮説」と呼ばれ、Eric Lenneberg(1967)が『言語の生物学的基礎』の中で提唱した。それでは、日本において、外国語として英語を学ぶ日本人にも「臨界期」は存在するのであろうか。私は、植村研一氏の『脳科学から見た効果的多言語習得のコツ』(認知神経科学、Vol.11 No1, 2009)の中で次のような記述と出会い、「臨界期」は存在すると認識するようになった。彼によると、「本能のみを持って生まれる新生児の大脳皮質(知能の座)の脳細胞は殆ど神経回路網を形成していない。生後の学習体験によってのみ神経回路網が完成していく。青年期の大脳皮質には140億個の脳細胞があると言われているが、あらゆる学習が可能のように、生下時には400億個もあると言われている。乳幼児期に学習体験に基づく神経回路網の基本形が完成し、その時までに使用されなかった脳細胞は喪失すると考えられており、失われた脳細胞を必要とする学習はその後不可能となる。(中略)臨界期を過ぎると、それまで習得しなかった言語の発音の習得は不可能に近くなる。(中略) 完全なbilingualになれる言語能力習得の臨界期は5~6歳と考えられる。音楽、美術、言語、囲碁などの完全な習得の臨界期は全て幼稚園までで、それ以後の習得能力は小学校期間中に急速に低下し、中学校では手遅れになるのである」と。そして、おわりに「電話で聞いてnativeと思われる位に母音とイントネーションをマスターする完璧なbilingualになるには5~6歳の臨界期までに学び始めるか、遅くとも小学校中学年までに習得する必要がある。しかし、日常会話をこなし、新聞やテレビが理解できる役に立つレベルの外国語の学習は何歳から始めても決して遅くはない。問題は学習の方法である。文法と直訳に拘る間違った学習法ではなく、listening practiceから入る脳の仕組みを活用する外国語の学習方法が日本にも普及することを祈っている」と結んでいる。ちなみに植村氏は、英語の他、ドイツ語、フランス語、ロシア語など12か国語を自由に操る。秘訣は「徹底的に聞き耳から学ぶことだ」と。
さて、私が英語学習の指導対象としている児童たちは小学校中学年、前述の「臨界期」と言われる8~9歳である。命題の原因を探るために、私なりに方法論を考えてみた。原因を考える最善の策は、まず現場で指導している教師たちや学習している児童たちの声を聴いて、彼らの問題点を把握することから始めることだ。現場の声こそが原因を検証するスタートであると考える。教師たちや児童たちの声を聴くことにより、現状の問題点を認識することができれば根本的な原因に近づくことができるのではないだろか。そして、英語の言語中枢を形成するために、児童たちに適した教材、指導法を探求していくのが最善策だと考える。
私は、2020年6月より福岡市内の小学校でゲストティーチャーとして英語クラスをお手伝いして5年になる。私は、機会を見つけて次のような質問をよく児童たちに投げかけてきた。「英語が難しく感じる人」「英語が好きな人」「英語が嫌いな人」等など。続けて「英語の何が一番難しく感じるの」と質問すると、①「発音するのが難しい」、②「単語を覚えるのが難しい」、③「聞き取るのが難しい」、④「スペルを覚えるのが難しい」などという声が多い。児童たちが英語学習に難しさを感じる理由は、おおよそこれらの4つに絞られる。なるほどごもっともである、いまだに私もそうである。児童たちを見ていると、これらの声は中学年たちに多く見られる。高学年たちになると、「英語は嫌いだ」、と答える児童たちの割合が増える傾向にある。中学年のころは学び始めでもあり、「英語が上手になりたい」というpositiveな児童たちが多いからであろう。一方、高学年になるとかなり好き嫌いがはっきりしており、英語嫌いの割合が増える。その主原因は上記の①から④に起因するケースが多いようだ。中学校へ進学する前に英語が嫌いになるのは一人の指導者として責任を感じる。担任教師たちの声に関しては、直接的に聞き取ることはあまりないが、かれらの様子を観察することから多くのことが分かる。中学年担当のホームルーム教師の場合、多忙のためだと思われるが、週1回45分の授業準備のための時間はあまりとれていないようである。一応、文科省からの指導案はあるが、具体的に順を追って示されていないので、内容を把握し実践に移すには難しさを感じる。英語専任教師ではないので、発音に関して自信が持てないケースが時々見られる。授業では、パネル操作をするために児童たちとのやり取りが少なくなりがちである。これらは、あくまでも私の個人的な見解である。これらの担任教師たちの問題に関しては、機会があれば授業の中でちょっとしたアドバイスをすることは時々あるが、それ以上のことをする立場ではないと私は認識している。かれらの問題は文科省や教育委員会が取り組み改善する重要な課題である。
第1章 発音するのが難しい
第1章 発音するのが難しい
ここでは、学習者である児童たちの声にみられる原因を解決する対策を考えてみたい。結果(effect)のある所には必ず原因(cause)がある。「発音するのが難しい」の原因をつきとめれば、自ずと解決策が見えてくるであろう。
なぜ、「発音するのが難しい」のであろうか。英語と日本語との違いについて調べてみる。大きく2つの違いがあるようだ。それらは音の数の違いと音域の違いである。英語は日本語と比べて音の数が多くあり、母音の数については日本語が5音に対して、英語は約24音あると言われている。子音は日本語が16だが、英語は24ある。それに、英語の音は日本語とは違ってとても複雑な音節で成り立っている。日本語の音節は大部分が母音で終わるが、英語では子音のみで音節が終わる場合がある。日本語がflatであるのに対して、英語にはstressがある。また、更に発音を難しくしているのは、Blends(sn, gr, blなど、2音以上混合)やcombinations(sh, ch, thなど2文字以上で1音)がある。英語と日本語の周波数の違いも大きな要因である。英語の音域は1500ヘルツから1万2000ヘルツと高いのに対して、日本語は約125ヘルツから1500ヘルツと低い音域である。学習者である児童たちはこれらの難しいハードルについて何も知らないし、発声法については何も学習していない。これらが「発音するのが難しい」主な原因であると考えられる。
対策案:
その原因は前述した通り、まず日本語と英語の音域の違いにある。その他の違いとして英語は、子音の数が多い、発音の仕方、音節の数とストレス、そして文章の場合は、語順、ストレスワード、リズム、リンキング、音の脱落、音の同化等々、あまりにも違いが多いので初心者である児童たちは何から取り組んでいけばよいだろうか。やはり単語ベース、すなわち母音と子音の発音、音節とストレスから始めるのがよいと考える。そして、短いフレーズや文章へと繋げていくのが取り組みやすいと考える。それでは、私が令和5年度に4年生を対象に実際に行ったフォニックス指導を紹介することにする。私の基本的な指導姿勢は、臨界期であろう4年生に、まずネイティブの音でアルファベット読みを聞かせて英語の音に慣れさせること、そして明示的に発音方法を指導するように心掛けた。
4年生児童の学習状況は、Let’s try!のUnit5、ちょうどアルファベットの小文字を学習するところであった。願ってもないタイミングであった。先ず大文字の復習から入ることにした。児童も大人と同じように忘れるものだ。次に小文字の名前読みの練習に入った。大文字と形が同じもの違うものを確認しながら、a~zまで一つ一つ練習をした。正確な名前読みがなぜ大切かと言えば、フォニックスは名前読みとアルファベットが持つ音(オン)のミックスから成り立っているからである。例えば、aは/e:/ではなく/ei/であること、エーと伸ばすのではなく小さい音のィが入るように。b, c, d, g等も同じ。その他、日本人にとって苦手な発音、c, f, l, m, n, r, t, v, wなど、口の形、舌の位置などを示しながら練習を繰り返した。fの発音の時に、細い紙切れを使って空気で揺れるのを確認した。この段階での重要な目標はアルファベットを正確に書けることである。書き順を渡して丁寧に書く練習をした。ある児童の文字は宙に浮いたり、下に潜っていた(潜るものもあるが)ので、線上に書くように指示した。書く練習の中で、間違った文字を見つけて正しく書けるか試してみた。やはり間違いに気づかない児童も若干いた。これから英語を身につけるうえで必須事項なので努力をするように念を押した。
さて、いよいよアルファベットが持つ音(オン)の学習に入ることにした。フォニックスの学習に抵抗なく入っていける方法を考えてみた。学習者にとって一番難しいのは、各子音が一つで音(オン)を持っていることである。a, e, i, o, uの母音は基礎中の基礎なので、先ず口の形を示しながら練習した。次に子音については、例えばdを/d/ではなく母音aと組み合わせてdaをとして二文字ベースでの発音/dæ/にすることにした。ローマ字発音は正しい英語発音に繋がらないと否定的な意見もあるが、私は、日本人のひらがな読みにみられるように、母音との2文字ベースの音認識が強みになると考えている。カタカナ英語の悪い発音になるという意見もあるが、ローマ字読みを英語読みに発音すればよいのである。qとx以外はこのように二文字ベースで練習すると、ほとんどの児童は抵抗なくスタートができた。これはローマ字の発音方式に慣れているのが効果的に働いたようである。子音が持つ音(オン)に関しては、リスニングの練習の中で、音を耳で確かめながら学習する方が、意味のない音(オン)を覚えるよりも確実に身につくと考える。例えば、dogと言う単語は「d」,「o」,「g」という3つの音素からできている。しかし、シンセティック・フォニックスをそのまま小学生の児童に使用するのは勧められない。理由は、日本人にとって子音と母音を切り離して認識することはとても難しいからだ。多くの日本人には「do」は1つの音として認識する傾向にある。初心者にとっては、フォニックスを学ぶ基礎である5つの母音は別にして、子音が持つ個々の音素を最初から覚えるのは非常に困難であり、かなりの負担なる。フォニックスの基礎を学ぶ順番として、母音+各子音の2文字の組み合わせの発音を最初に勧めるのは、これらの理由からだ。
第1章のまとめ:脳神経外科医によると、脳内部の言語中枢の機能は、言葉を聞いて意味を察するウェルニッケ言語野と、言語を発するブローカ野がある。
声を出して発音する前にウェルニッケ言語野で言葉を聞いて意味を理解する必要がある。であれば、英語学習の基本は、ウェルニッケ言語野で英語音を聞いて、ブローカ野で声に出して練習することが大事である。英語はリスニングから始めてスピーキングに入るのがよい。それに適した教材と指導法が大事になる。
第2章 単語を覚えるのが難しい
単語を覚えるのが難しい
次に「単語を覚えるのが難しい」の原因を探ってみる。単語の意味やスペルを記憶するのは難しい。まして、あまり意味のないスペルを覚えるのは誰にとっても難しいものだ。児童も大人と同じように忘れる。それでは、記憶が少しでも長く続くようにするにはどうすればよいのだろうか。クラスの中で4年生の児童から同様の質問があった。私はその児童に「何回声に出して言えば記憶に残ると思いますか」と質問すると、「10回」と答えた。「10回で大丈夫かな」というと、「20回」と言い換えた。確かに回数を増やせば記憶に残るような感じがする。私は20年間小学生、中学生を指導してきたが、「記憶」について、次のように対話をしてきた。「今日、10個の単語を覚えて何もしなかったら1週間後にいくつ覚えていますか」と質問すると、「5つから6個ぐらい」と答える。「では、全部覚えておくにはどうしたらいいの」と質問すると、「忘れる前にもう一度覚える」と答える。私は、「その通り、その努力を続けることが大事だね」といつも答えた。そして、記憶を、鉛筆書き、ボールペン書き、印刷に例えた。「最初の記憶は、鉛筆書きのようなものでスグに消える。消えないように努力すると、ボールペン書きになり消えにくくなる。でも、何年もたつとボーペン書きでも消えてしまいますね。それでは、決して消えないようにするには…頭の中に印刷することだ」と。記憶については、ドイツの心理学者であるヘルマン・エビングハウスが、学習した内容が時間の経過とともにどのように記憶が滅衰するかを示す曲線、エビングハウスの忘却曲線(1885年)で述べている。彼は時間の経過にともなう記憶の変化やメカニズムについて研究した。この研究では意味のないアルファベットを記憶させた後、どれだけ記憶を保持できているかを実験したもので、20分後には42%を忘れている(58%を記憶している)という結果が出たそうだ。エビングハウスの忘却曲線は、人は忘れやすいということを示しているが、実際は、人が一度覚えたことを再度覚えるためにかかる時間の「節約率(どれぐらい減らすことができるか)」を時間軸で表したものだ。
対策案:
単語の覚え方は個人差があり、一つの答えを引き出すのは容易ではないと感じる。一般的に、目で見る、耳で聞く、声に出す、手で書くなど五感を使って覚える方法が効果的な感じがする。そして、長期的な記憶に定着させるためには、繰り返しの復習が欠かせない。早く復習するほど、覚えなおす量や時間は短時間で済むはずだ。ここで、「単語を覚える」ということは、具体的な定義が必要になると考える。意味だけなのか、発音も綴りも含むのか。綴りに関しては第4章で触れるので、ここでは単語の意味と発音に絞って考えてみる。繰り返すようだが、英単語を効率的に覚えるために必要なのは、あらゆる方向から脳を刺激してやることだ。その答えを、第1章と同様に脳科学的な実証研究から探ってみたい。幸運にも、ネット上で英単語を処理する脳活動に関する貴重な研究資料に出会った。それは、首都大学東京の萩原裕子教授のグループが、英語復唱時の脳活動を調べる研究を実施したときのものだ(2011年)。
本研究結果から、児童たちが新しい言葉を耳から学ぶ時には、脳ではまず音声の分析が優先的に行われ、それが意味を持つ「言語」へと徐々に移行する可能性が示唆された。この結果は、英単語を学ぶ時の大きなヒントになる。先ず英語音を聴いて耳から学ぶことが自然なメカニズムだと。植村研一氏と同様の提言である。そして、聴いて、ブローカ野で日本語に訳さずに意味を理解し、声に出せば定着する確率は上がるのではないだろうか。そのあとは、記憶の継続のために忘れる前に繰り返し声に出して練習することである。
ただし、単語をたくさん知っているから英語力がつくとは限らない。単語を知っているのと、使えるのとは違う。どのような場面で、どのような文章にして表現できるかが肝心である。日本人学習者は、学校の成績や受験目的のためにこの訓練がほとんど行われていないのが問題だと思う。
第3章 聞き取るのが難しい
次に、「聞き取るのが難しい」の原因を探ってみる。これは「発音するのが難しい」のところで述べたが、我々日本人は日常的に約125ヘルツから1500ヘルツの低音音域で生活しているので、1500ヘルツ以上の英語音を聞き取るのが難しいのは当然である。英語を聞き取れない原因は、音域の違いに慣れていないだけであろうか。それだけではない大きな原因があると私は考える。それは、学習者自身に正しい発音が身についていないからである。つまり、本人が頭の中で認識している音と、聞こえてくる音とが一致しないからだ。多くの言語学の専門家や脳神経外科医の研究によると、英語学習において、自分が正しく発音できない音は、聞き取れないと言われている。メカニズム的には、耳から入ってきた言葉の意味を脳が検索にかける前に、意味のある音とそうでない音を区別する。その際に、今までに発音したことがある音は「有意味」、発音したことがない音(発音できない音)は「無意味」であると選別するので、発音できない音は意味を理解する前に流れて行ってしまう。そのため、正しく発音ができる英語を増やす必要があり、英語独特の音の規則性を学ぶことが大切となる。もし相手の言っている内容が聞き取れなければ、会話は成り立たないし、続かない。文字で書けばわかる単語でも、音として聞いた時に聞き取れない。この聞き取れないということが、日本人にとって英語が苦手な一番の原因だと私は考えている。
対策案:
フォニックスの目的は発音と文字の関係性を学ぶ音声学習法で、もともと英語圏の子どもたちに読み書きを教えるために開発された。アルファベット毎の発音(私の場合は、母音を除き子音はリスニングで耳から学習)を身に付けると、知らない単語でも、耳で聞いただけでスペリングがわかり、正しく書くことができる基礎力を育てる。フォニックスは読み書きだけではなく、聞き取る力の基礎力を身に付けることができる。フォニックスを身に付けると、このように多くのメリットがあるが、現状は、誰が、どのような教材を使用して、どのように指導するかが課題となる。第1章で使用した教材は、「Sounds of English」( パシフィックイングリッシュクラブ, 2001)を活用した。具合的な私の指導内容と順序は次のとおりである。
スタートの第一歩は、中学年から(現行ではアルファベットの大文字・小文字を学習する時期なので)、アルファベット26文字の名前読み(aを/ei/と読む)と書き方から始め、児童たちに正確な発音力を身につけさせることだ。アルファベット26文字の発音は、フォニックスを学習する時の基礎として大いに役立つ。ネイティブが聞いて問題ないと認めるレベルの発音を目指して欲しい。それができれば次に、母音(a, e, i, o, u)が持つ音を正確に発音できるまで練習をする。そして、母音(a)と各子音の2文字の組み合わせの発音の練習をする。例えば、ba, ca, da等。この2文字の練習はローマ字の読み方と似ている(英語の発音とは異なるが)ので、児童にとって取り組み易い。この方法であれば、最後のzaまで児童たちは比較的抵抗なく発音ができるようになる。もちろん、指導者として各組み合わせ(baからzaまで)を正確に発音して、児童たちに練習を促さなければならない。この段階の目標は、母音aとの組み合わせだけではなく、他の母音との組み合わせも練習することも大事である。
さて、ここで指導者として難しい課題に直面する。それは、児童たちに個々のアルファベットが持つ音を如何に提示し、身に付けさせることができるかである。担任が一人でする場合の不安は「発音」に関することであり、「綴りと音」を結びつけるには正確に「音」出す必要がある。日本人学習者に広く使用されている方法の一つに、シンセティック・フォニックスがある。多くの児童は十分に語彙を持っていない(持っている場合はアナリティクス・フォニックスが使用される)ので、単語を構成する音素とその代表的な1文字または2文字の綴りと対比させていき、無意味語も含め、音を足して読んでいく方法である。これは、アルファベットが持つ個々の音(音素)の読み方を練習した後で、合成された単語をそれぞれの音素を組み合わせて発音する方法である。例えば、dogと言う単語は「d」,「o」,「g」という3つの音素からできている。しかし、シンセティック・フォニックスをそのまま小学生の児童に使用するのは勧められない。理由は、日本人にとって子音と母音を切り離して認識することはとても難しいからだ。多くの日本人には「do」は1つの音として認識する傾向にある。初心者にとっては、フォニックスを学ぶ基礎である5つの母音は別にして、子音が持つ個々の音素を最初から覚えるのは非常に困難であり、かなりの負担なると思う。フォニックスの基礎を学ぶ順番として、母音+各子音の2文字の組み合わせの発音を最初に勧めるのは、これらの理由からだ。
それでは、個々の子音が持つ音をどのように身に付ければ良いのであろうか、身に付けることができるのであろうか。焦る必要はない。無意味な音素をチャンツやCDを聞いて覚える方法があるが、それよりも確実に記憶に残り、スペルの推測にもつながると思われる方法がある。それは、3文字の単語を読むことに挑戦させるプロセスで指導できる。2文字ベースの読みに慣れてくると、3文字の単語を読むことに挑戦するのが良い。3文字単語を読むときに、指導者が子音の音を児童に聴かせ練習する程度で良いと考える。たとえば、catの「t」、dogの「g」、bedの「d」、penの「n」、capの「p」など。指導者ができる限り正確に子音の音素を発音して練習すると良いと思う。このように、文字と音の関係が分かり始めると、多くの児童はフォニックス指導の最初のゴールである3文字の単語を読めるようになる。そして次に述べるリスニングのドリルを通して子音の音素を身に付ける方法がある。
次に、文字と音の関係を学習しながら、「聞く」耳を育てる練習に入るのが理想的だ。この「聞く」トレーニングの目的は、英語の音を聞き取れる「耳」を養成することだ。一定の発音レベルが達成できれば、「聞く」トレーニングに入る準備ができる。英語は日本語と比較して音域が高く、同じ音が存在しないため、多くの児童が苦戦を強いられる。最初のリスニングの挑戦は、子音の音を聞き取るドリルが取り組みやすいと思う。児童の知っていそうな単語を選び、CDを聞いて最初のアルファベットを聞き取ったり、最後のアルファベットを聞き取る練習をする。この場合、単語の文字数は3文字と限らなくてよい。例えば、最初の文字 banana, girl, pencil, 最後の文字 rabbit, cap, bird等。初めての挑戦の時は、答えとなるアルファベットを示し、その中から答えを選ぶ形式を勧める。この方法が、私が勧める子音の個々の音素をリスニングから学習する方法である。意味のない音素を丸暗記して読みにつなげるより、児童たちにとってはるかに取り組みやすく集中して聞くので、「耳」が育つと考える。
さて、いよいよ母音の聞き取りの練習に入る。基本的にはCDを聞いて、どの母音なのか聞き取る練習と指定の母音の音が含まれているか、いないかを聞き取る練習が考えられる。どの母音が含まれているかの練習は、先ず母音が単語の最初の位置に来る場合が考えられる(文字数は3文字以上でもよい)。elephant, apple, octopus, insect, umbrella等の単語が良い。次に、3文字単語の真ん中に位置するケース、map, pet, six, fox, sun, jam, hen, wig, log, cup等たくさんある。
このように、CDを聞いて、最初の文字、真ん中の文字、最後の文字などを聞き取る練習が効果的だ。これにより、26文字のアルファベットが持つ音を聞き取ることができるようになる。言い換えると、音からスペルを推測できるようになる。つまり、音を聞くだけでスペルが分かり、既習の単語であれば意味が理解できる。そして、耳で聞き取れると、この力が単語を読む力に繋がっていく。フォニックス指導の上で重要な点を繰り返すが、ネイティブが聞いて問題ないと認めるレベルの発音を目指して練習して欲しい。発音のレベルがその域に達していない場合、ネイティブの音を聞いた時に本人が認識している音と一致しないため、聞き取ることが難しくなる可能性が高くなる。(文脈から推測できる場合もあるが。)以上のことから、このような素晴らしい効果をもたらすフォニックス学習を取り入れない理由は何もないと考える。日本人学習者にとって、フォニックス学習は大きな武器となり得る。繰り返すが、ネイティブが聞いてOKが出るレベルの発音を目指して学習して欲しい。なぜなら、発音は相手に正確に伝えるだけでなく、聞き取りの際にも大きな影響を与えるからだ。今年は2020年の導入から6年目にあたるので、文部科学省や教育委員会には過去の検証を基に、必要に応じて大胆な改善を行って欲しいと切望している。なお、フォニックス教材や指導方法の例については、約20年間にわたり私の英語学校で使用していたものである。
それでは、私のフォニックス指導(平成5年度、15分x17回、計約250分)を受けた児童たちへのアンケート結果と具体的な声を紹介する。
1.「フォニックスのレッスンは楽しかったか」については87%(82名中71名が回答)の児童が「楽しかったと思う」「少し思う」と回答した。かなりの児童が楽しく学んでくれたようだ。
2.「アルファベット26文字の発音が上手になったか」という質問に対しても「上手になったと思う」「少し思う」と回答した児童が90%(83名中75名が回答)になった。フォニックス学習の基礎になるので各アルファベットの音の出し方を明示的に説明し、練習を繰り返した。
3.「母音(a, e, i, o, u)を正確に発音するのは難しいか」については、「母音の発音は難しいと思う」、「少し思う」の合計が57%(83名中47名)であった。一方、「ふつう」、「あまり思わない」の合計が43%(83名中36名)であった。やはり、日本人学習者にとって母音の発音は特に難しいことが分かった。しかし、36名の児童がやればできる感触を与えてくれた。時間が許す限り、練習、復習を繰り返したが、今後の課題として取り組みたい。なお、子音が持つ個々の音は、リスニングの練習の中で耳から学習するのが初心者にとっては学び易いと考えている。意味を持たない子音の個々の音素を記憶するのは難し過ぎると思う。この段階では、アルファベットの名前読みを正確に身に付けることを優先する方が、フォニックスを学習する時に役立つと考える。
4.次に、「CDでネイティブの音を母音別に聞いたとき、その母音が含まれているかどうか聞き取れるようになったか」に対しては、「母音の音が聞き取れるようになったと、とても思う」、「少し思う」の合計が91%(77名中70名が回答)であった。予想外の嬉しい結果だった。フォニックス学習の目的は、「文字の音」を学習して読めるようになることである。しかし、音を聞き取る力、リスニング力にも効果があることが分かった。正確に発音ができれば聞きとれる確率は上がると思われる。abc26文字の名前と、2文字(母音+子音)ベースの発音練習を終えると、リスニング練習に入ることを勧める。そして、並行して3文字単語の読みに進むのが理想だと考える。
5.「3文字の単語(たとえば、dog)であれば、発音できるようになったか」の問いには、「3文字単語を発音できるととても思う」、「少し思う」の合計が83%(83名中69名が回答)であった。練習時間が十分にとれず心配していたが、予想以上の嬉しい結果であった。「音と綴りの関係」を意識し始めている証拠と言える。2月の最後のレッスン時に、児童の希望で全てのクラスが3文字の読みに挑戦した。その時にアンケートをとっておれば、「とても思う、少し思う」の数字は確実に上がっていたであろう。読めた瞬間に多くの児童たちが、自信に似たような表情を浮かべたのが印象的であった。
6.最後の質問「今までより英語の発音がじょうずにできるようになったか」に対しては、「発音がじょうずになったととても思う」、「少し思う」の合計が95%(80名中76名が回答)であった。発音の大切さを強調してきた指導者として、嬉しい結果であった。英語嫌いになる理由の一つとして、発音が難しいからというのがよくある。一人でも多くの児童が英語好きになって欲しいと願う。
7.そして、フォニックスのレッスンを受けてみて、感想、意見、質問などを自由に書いてもらった。貴重なコメントをたくさんもらったので、その中からいくつかを紹介する(順不同)。
具体的な児童たちの声
「前よりも発音が少しできるようになってよかったです。これからもがんばります」、「レッスンで前より母音が聞きとれたりするようになりました」、「発音の仕方を教えてくれて発音が上手にできるようになれたので良かったです」、「聞きとるのがむずかしかったけどたのしかったです」、「よし先生の授業はとても楽しいけど、聞き取るのはあまりうまくできませんでした」、「文が長い英語を読み取るコツを教えてほしいです」(クラスで私の考えを伝えた)、「もともとあまり英語がとくいじゃなかったが、レッスンを受けてとても楽しく、きれいに発音できるようになった。宇宙飛行士の夢につながったと思った」、「英単語が前より読めるようになったので、よし先生のレッスンを受けて良かったなと思いました」、「すごくわかりやすいレッスンを受けて、いろいろな音が聞きとれるようになりました。それをいかして5年生でもがんばります。いままでありがとうございました」、「よし先生が、いつも発音を言ってくれる時に、いつも口を見せて「口はこんなふうに動かすのだよ!」などを言ってくれるから、とても分かりやすいです。それに、前よりもっともっと発音がうまくなりました!!」、「今まで単語を読むのが下手だったけど、先生が一文字一文字に音があるとおっしゃったので、覚えてみると発音も聞く力もグングンのびたし、単語を読む事ができて、書けるようになりました。Thank you!」
第4章 スペルを覚えるのが難しい
意味のないアルファベットの繋がりを覚えるのは、単語を覚えるより難しい。このことは誰でも想像に難くない。たとえ単語の発音が正しくできてもスペルは分からないケースが多い。考えられる原因は、第1章や第3章で述べた通り、日本語はほとんど母音と組み合わせて発音するが、英語は母音との組み合わせと子音単独や子音同士の組み合わせになるケースが多いので、発音とスペルは一致していないからである。発音できてもスペルが分からない、覚えられない。このように原因はかなり明確である。であれば、解決案は英語音とスペルの関係を学習することである。
対策案:
私が第3章で述べたフォニックス指導を参照して欲しい。短時間だが、フォニックスの基礎指導を受けた児童たちの声にあるように、フォニックスで学習した発音が正しくできれば、スペルが分かる可能性が大きくなる。フォニックスの他に考えられることは、スペルを目で見て何回か音読することもよい。私は、スペルを声に出しながら書いて覚えた。スペルの記憶法には個人差があると思うが、今ではほとんどのスペルが経を唱えるように口に出てくる。やはり、一番の対策は、フォニックスを身につけることである。私の20数年に及ぶ指導経験から、児童たちに認められたポジティブな結果を以下に記しておく。
- フォニックスを学習して、約70%の確率で単語を読める(発音できる)ようになった。
- カタカナ英語から離れ、英語らしい発音ができるようになった。
- 聞いた単語のスペルが推測できるようになり、リスニング力の向上に繋がった。
同時に、単語を書くときに役に立った。
- 英単語のスペルが覚えやすくなり、英単語学習が効率的になった。
- 正しく発音できれば意味が分かる確率が高くなるので(知っている単語の場合)、読むことに興味を持つようになった。自力で英語を読もうとする意欲・読解力が育ち、将来中学校の英語学習に繋がっていくと思われた。
おわりに
フォニックス指導はすべてを解決するわけではないが、日本人学習者の弱点を補強し、大きな武器となるのは確かであろう。フォニックス指導と並行して、児童たちのコミュニケーションスキルも育成する必要がある。大人も同じだが、コミュニケーション力とは、自分自身を表現し相手に伝える力、興味や関心を持った時に質問する力、そして質問するだけではなく質問されたときに答える力などである。基礎文法も大切だ。語彙力も必要である。聞いて声に出す練習を重ねて、コロケーション(よく一緒に使われる単語の組み合わせ)やフレーズを一つの塊として頭の中に入れて、日本語を経由せずに口に英語が出てくれば理想だと思う。頭に入っていない言い回しは口から出てこない。会話で即興に作り出そうとしても難しい。ある程度の時間は要するが、音読暗誦が大事である。
新学習指導要領にはフォニックス指導は中学校からとあるが、それでは遅すぎる。現状の音声指導は私の知る限りは、チャンツ、CDの音を聞き取るドリル、ALTの発音を聞いてオウム返しで声を出すのが中心になっている。この方法では、聞き取れたり、正確に発音できるのは一部の耳の良い児童だけであり、その他の児童は自分自身でその調音法に気づくことはあまり期待できない。児童たちの無限の可能性を信じ、言語習得の「臨界期」と言われる9歳ごろまでに、遅くても小学3,4年生の時に音声指導を明示的にスタートして欲しい。そして、日本人教師でも十分にできる、いや日本人教師だからこそできることを理解し、挑戦して欲しい。発音に関しては、日本人教師でも十分に指導できる。児童の発音はどれだけネイティブの音を聴いたかが大切なのだ。CDやDVDの視聴覚教材を活用し、児童たちにたくさんの英語の音を聴かせることができれば、かれらはスポンジが水を吸うが如く音を吸収する。失敗を恐れずに実践する姿勢が望ましい。
私は、教育はサービス業の一種だと考えている。お客様のニーズを正確に捉えてそれに応えなければならない。その意味で、早急に児童たちの手元に届けて欲しいものがある。それは、児童たちが家庭でも発音練習ができるCDである。フォニックス指導の終了後に、児童たちから「発音をたくさん教えてくれてありがとう」というメッセージが多く届く。ピアノの練習にピアノが必要であるように、英語の発音の練習には、アルファベット、あいさつ、数字、曜日や月の名前、家族の名前、歌、お天気などを含むCDが不可欠である。
それでは、勇気を持って児童たちのニーズに応えようとしている教育委員会や小学校を紹介する。
私がネットで調べた範囲だが、既にフォニックスを導入している公立小学校がある。東京都小金井市立小金井第3小学校、緑小学校。つくば市、大阪市西区、福島区、和歌山高野町小学校、津市、富山県上市町、加東市等々、実践校の数は全国に広がりつつあるようだ。アジアの近隣諸国の英語教育と比べて、日本の英語教育は後れを取っているようだ。追いつき追い越すためには、小学校でのフォニックス指導が鍵である、と私の中では確信になろうとしている。今こそ勇気を持って改善することが求められる。
最後に、言語学習の専門家のコメントを3つ紹介する。
①「英語の基本要素は単語・文法・発音の3つしかない。この3つの中で日本人にとって一番重要かつ克服しなければならないのが発音だ。発音は、単語と文法同様、非常に重要なのだが日本の学校教育では無視されてきた」同時通訳の神様として知られる英エディンバラ大学客員教授の國弘氏は、「音声面を重視した英語教育をしてこなかったことが、日本の英語教育の最大の過ち」と批判している。② 自分で発音できない音は聞き取れない。発音できない音は脳が音として認識してくれないからだ。神奈川大学名誉教授の深澤氏は「正しい発音が身についてくれば、同時にリスニング力も増大する」と指摘している。③ 東京大学大学院神経生理学准教授の池谷氏は、「(発音は)喉と舌と唇の強調した動きによって作られる運動系。運動能力の可塑性は大人になってからでも衰えない」と指摘している。つまり、英語の発音は大人になってからでも習得できるということだ。是非、無意識的に正しく発音できるようになるまで自動化トレーニングを繰り返し行なってほしい。
注:小学校でのフォニックス指導にあたり「Sounds of English」( パシフィックイングリッシュクラブ, 2001)を使用させていただいた。日本人学習者にむいた教材を提供していただいたことに心より感謝したい。この教材は市販されていないので、関心のある方は直接お問い合わせください。なお、私は、「Sounds of English」を利用させていただき、日本人教師ができるフォニックス指導教科書案を作成している。ご関心のある方は、takedayoshi@joy.ocn.ne.jpまでご連絡ください。
作成者:武田良則
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2025年1月