はじめに
1999年から約20間、経営していた英語教室で会話はネイティブに任せて、小学生へ読み書き・文法・リスニングの指導をしました。2019年にセミリタイアした後、2020年6月より、福岡市内の小学校でゲストティーチャーとして、週1日~2日英語の授業をお手伝いしています。私に残された時間は多くありませんが、ライフワークとして、一つでも多くの小学校に効果的な音声教育を導入したいと願っており、その成果を福岡から全国に発信できればと念願しております。
学習指導要領には音声教育の必要性を認めて導入(ジングルという音声教材)はしていますが、現行の指導方法を改善しない限りその効果は限定的に終始し、児童たちの学び、習得には結びつかないと思われます。音声と文字とを関連付ける指導に留める(文科省、2017)のではなく、綴りにつながるような文字指導が強く望まれます。以下に、ゲストティーチャーとして、現行の音声指導の指導状況についての私の思考、及び実際に小学4年生にフォニックスの基礎指導した記録と児童たちの反応・感想等を記します。福岡市内の小学校で1校でも多くの学校で、明示的な音声指導に改善し、導入できることを願っております
小学校英語教育で感じること
日本人はなぜ英語が苦手なのかについては、長年にわたり議論されてきましたが、未だに具体的な解答には至っておりません。多くの日本人が8年以上もの間、中学校、高校、大学で英語と取り組んできたにも拘わらず、聞けない、話せないという状況にあります。では、なぜ話すことが苦手なのでしょうか?それは、話す努力が足りないからではなくて、聞く訓練が不足しているからです。文字で書いてもらえば知っている単語でも、音として聞いた時に聞き取れない、スペルが推測できないからです。相手の言っている内容が聞き取れなければ、会話は成り立ちませんし、続きません。聞く力を持たないままコミュニケーション力(自分の思いや考えを伝える、質問する、答える)を身につけようとしても、限定的な進歩しか期待できません。日本人にとって英語を習得するには、先ず英語を聞き取れる「耳」を創る努力をしながら、「耳」で学ぶのが一番の近道だと考えられます。 「耳」で学ぶとは、日本人の赤ちゃんが周囲の大人たちの話す音を聞きながら、徐々に母語を理解していくプロセスを指します。このプロセスは理想ですが、我々の対象となる生徒は早くて8~9歳になります。小学校の中学年や高学年を対象に、「耳」から学べる教材、カリキュラムが必要になると考えます。
私は、福岡市内の小学校で、2020年6月からゲストティーチャーとして、中・高学年の英語教育を支援してきました。これまでの経験から、改善できる点がいくつかあると感じています。その中でも、今の音声指導の方法を改善するのが一番効果的であると確信しています。今の音声指導は、私の知る限りでは、チャンツ、CDの音を聞き取るドリル、ALTの発音を聞いてオウム返しで声を出すのが中心になっているようです。この方法では、聞き取れたり、正確に発音できるのは一部の耳の良い児童だけであり、自分自身でその調音法に気付くことを待つのは現実的ではありません。言い換えますと、「正確に発音できない」「聞き取れない」という状況を改善できる教材や指導方法が必要になります。この状況を改善できる音声指導、すなわちフォニックス指導については、私の提案として以下に述べますが、日本人教師でもできると確信しています。フォニックス指導は、文字が持つ音を学び、音と綴りの関係を教えることを指します。日本人教師が分かりやい平易な言葉で音の出し方を説明することで、生徒たちは発音の仕方を理解することができると考えています。特に、母国語の発音方法との対比を通じて説明することで、日本人教師はネイティブ教師よりも効果的に指導できる可能性が大いにあると考えます。
私の提案
私の提案は、中学年から(アルファベットの大文字・小文字を習得する時期なので)、アルファベット26文字の名前読み(aを/ei/と読む)と書き方から始め、児童たちに正確な発音力を身につけさせることです。アルファベット26文字の発音は、フォニッゥスを学習する時の基礎として大いに役立ちます。ネイティブが聞いて問題ないと認めるレベルの発音を目指して欲しいと考えています。それができれば次に、母音(a, e, i, o, u)が持つ音を正確に発音できるまで練習します。そして、母音(a)と各子音の2文字の組み合わせの発音を練習します。例えば、ba, ca, da等。この2文字の練習はローマ字の読み方と似ている(英語の発音とは異なるが)ので、児童にとって取り組みや易いと考えます。この方法であれば、最後のzaまで児童たちは比較的抵抗なく発音ができるようになります。もちろん、指導者として各組み合わせ(baからzaまで)を正確に発音して、児童たちに練習を促さなければなりません。この段階の目標は、母音aとの組み合わせだけではなく、他の母音との組み合わせも練習することも大事です。
さて、ここで指導者として難しい課題に直面します。それは、児童たちにアルファベットの個々が持つ音を如何に提示し、身に付けさえることができるかです。担任が一人でする場合の不安は「発音」に関することであり、「綴りと音」を結びつけるには正確に「音」出す必要があります。日本人学習者に広く使用されている方法の一つに、シンセティック・フォニックスがあります。多くの児童は十分に語彙を持っていない(持っている場合はアナリティクス・フォニックスが使用される)ので、単語を構成する音素とその代表的な1文字または2文字の綴りと対比させていき、無意味語も含め、音を足して読んでいく方法です。これは、アルファベットが持つ個々の音(音素)の読み方を練習した後で、合成された単語をそれぞれの音素を組み合わせて発音します。例えば、dogト言う単語は「d」,「o」,「g」という3つの音素からできています。しかし、多くの日本人には「do」は1つの音として認識する傾向にあるので、初心者にとっては、フォニックスを学ぶ基礎である5つの母音は別にして、子音が持つ個々の音素を習い始めから覚えるのは非常に困難であり、かなりの負担なると思います。なぜなら、国語で、「あいうえお」を学習する時に、「ん」を除いて母音+子音の2文字ベースで学習するからです。フォニックスの基礎を学ぶ順番として、母音+各子音の2文字の組み合わせの発音を最初に勧めるのは、これらの理由からです。
それでは、個々の子音が持つ音をどのように身に付ければ良いのであろうか、身に付けることができるのであろうか。焦る必要はありません。無意味な音素をチャンツやCDを聞いて覚える方法がありますが、それよりも確実に記憶に残り、スペルの推測にもつながると思われる方法があります。それは、3文字の単語を読むことに挑戦させるプロセスで指導できます。2文字ベースの読みに慣れてくると、3文字の単語を読むことに挑戦するのが良いと考えます。3文字単語を読むときに、指導者が子音の音を児童に聴かせ練習する程度で良いと考えます。たとえば、catの「t」、dogの「g」、bedの「d」、penの「n」、capの「p」など。指導者ができる限り正確に子音の音素を発音して練習すると良いと思います。このように、文字と音の関係が分かり始めると、多くの生徒はフォニックス指導の最初のゴールである3文字の単語を読めるようになります。そして次に述べるリスニングのドリルを通して子音の音素を身に付ける方法があります。
次に、文字と音の関係を学習しながら、「聞く」耳を育てる練習に入るのが理想的です。この「聞く」トレーニングの目的は、英語の音を聞き取れるための「耳」を養成することです。一定の発音レベルが達成できれば、「聞く」トレーニングに入る準備が整います。英語は日本語と比較して音域が高く、同じ音が存在しないため、多くの児童が苦戦を強いられます。最初のリスニングの挑戦は、子音の音を聞き取るドリルが取り組みやすいと思います。児童の知っていそうな単語を選び、CDを聞いて最初のアルファベットを聞き取ったり、最後のアルファベットを聞き取る練習をする。この場合、単語の文字数は3文字と限らなくてよい。例えば、最初の文字 banana, girl, pencil, 最期の文字 rabbit, cap, bird等。初めての挑戦の時は、答えとなるアルファベットを示し、その中から答えを選ぶ形式を勧めます。この方法が、私が勧めする子音の個々の音素をリスニングから学習する方法です。意味のない音素を丸暗記して読みにつなげるより、児童たちにとってはるかに取り組みやすいことと、集中して聞くので「耳」が育つと考えます。
さて、いよいよ母音の聞き取りの練習に入ります。基本的にはCDを聞いて、どの母音なのか聞き取る練習と指定の母音の音が含まれているか、いないかを聞き取る練習が考えられます。どの母音が含まれているかの練習は、先ず母音が単語の最初の位置に来る場合が考えられます(文字数は3文字以上でもよい)。elephant, apple, octopus, insect, umbrella等の単語が良い。次に、3文字単語の真ん中に位置するケース、map, pet, six, fox, sun, jam, hen, wig, log, cup等たくさんあります。
このように、CDを聞いて、最初の文字、真ん中の文字、最後の文字などを聞き取る練習が効果的です。これにより、26文字のアルファベットが持つ音を聞き取ることができるようになります。言い換えますと、音からスペルを推測できるようになるのです。つまり、音を聞くだけでスペルが分かり、既習の単語であれば意味が理解できるのです。そして、耳で聞き取れると、この力が単語を読む力に繋がっていきます。フォニックス指導の上で重要な点を繰り返しますが、ネイティブが聞いて問題ないと認めるレベルの発音を目指して練習することです。発音のレベルがその域に達していない場合、ネイティブの音を聞いた時に本人が認識している音と一致しないため、聞き取ることが難しくなる可能性が高くなります(文脈から推測できる場合もありますが)。 以上のことから、このような素晴らしい効果をもたらすフォニックス学習を取り入れない理由は何もないと考えます。日本人学習者にとって、フォニックス学習は大きな武器となり得るものです。繰り返しますが、ネイティブが聞いてOKが出るレベルの発音を目指して学習して欲しいと思います。なぜなら、発音は相手に正確に伝えるだけでなく、聞き取りの際にも大きな影響を与えるからです。今年は2020年の導入から5年目にあたりますので、文部科学省や教育委員会には過去の検証を基に、必要に応じて大胆な改善を行って欲しいと切望しています。なお、フォニックス教材や指導方法の例については、約20年間にわたり私の英語教室で使用していたものです。
私の実践
2023年10月より2024年2月までの5か月間(計17回、約200分)、福岡市内の小学校で4年生を対象にフォニックスの基礎をする機会を得ました。私が実践した明示的指導法を具体的に記してみます。そして、フォニックスの基礎指導を受けた児童たちにアンケートの形で感想や意見を答えていただきました。フォニックス指導の順番と内容については、すでに私の提案の中で述べていますので、ここでは簡単にまとめてみます。
1. アルファベット文字26文字の名前を覚えて、正しく発音できるように練習をする。(大文字と小文字の両方)
2. アルファベット26文字の名前を聞いて、正しく書けるように練習をする。(大文字と小文字の両方)
3. CDを聞いて、母音(a, e, i, o, u)と各子音が持つ音を聞いて、それぞれの発音を練習する。全ての子音と各母音と組み合わせて練習をする、例えば、ab, eb, ib, ob, ub等。
4. 3文字単語をCDで聞いて、最初の子音の文字を聞き取る練習をする。
5. 3文字単語をCDで聞いて、最後の子音の文字を聞き取る練習をする。
6. CDを聞いて、最初の母音(文字数は限らない)、真ん中の母音の文字(3文字単語)を聞き取る練習をする。
7. 繰り返し母音の音、a e i o u が持つ音を練習した後、CDを聞いて指定の音が入っているか聞き取る練習をする。
8. 母音と子音の2文字ベースの音を聞いてどの組み合わせなのか、認識できるように練習をする。
9. 3文字の単語を選び、その単語を音声化する練習に入る。音声化した言葉の意味が認識できない場合は、その言葉の絵カードを使って、学習者に発音と意味を関連付けるようにする。
10.フォニックスの指導上の一番の難しさは、日本語と違って全ての子音がそれぞれ音を持っていることである。したがって、子音同士の組み合わせ(ブレンド)は上級編となるので、小学生として9を目標にするのが妥当であろう。